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    幾千の涙は夜空へと流れて

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       休眠寸前に陥っておりますが、気が向いたときに書いております。

       梅雨に入ったのに、北陸は穏やかな天気が続いておりまして、せっせと洗濯なんかしております。さて、今日もほどほどに勉強したし、晩ご飯は何にしようかな、などと暢気にテレビを眺めておりましたら、あら見慣れた光景が全国版に…。

       ご存知の方も多くおられるかとは思いますが、富山大学付属病院で全国初の6歳未満の脳死判定が行われ、臓器移植の運びとなっているとのことです。
       今回脳死判定がなされた男の子のご両親、ご親族の方々の察するとどんな言葉を選んでもその悲しみは軽くなるものではありませんし、臓器移植という決断をなされたことについても、よく決断なさいましたとしか言えません。


       ここからはあくまでも私見です。
       私は今回適用された改正臓器移植法には、全面的には賛成しかねております。

       民法では14歳未満の人間には意思表示の能力がないとしています。14歳よりも小さな子供がなした意思表示は、利益や損失、その他色々なことを判断した上でのものではない、そもそもその能力がないでしょ、という考え方に基づいています。
       また、意思の表示は「思っただけ」ではダメで、誰かに伝えることが前提となります。

       この2つの前提が、改正臓器移植法では無視されてしまっています。乱暴に言えば、年端も行かない子供に自分の命に関する問題を二択で選択をさせて、選べなかったら/選んでいなかったら問答無用で「死」を選択させられてしまう、ということです。だいぶ乱暴ですが。
       もちろんこの場合の最終決断は保護者が行うことになります。保護者がその子の意思を代弁する、ということです。
       
       法改正に至っては多くの法律のプロフェッショナルが関わって決定されているはずです。逆に言えば、素人でも分かるような矛盾を無視してでも改正法を施行しなければならなかったという状況が存在する、ということも理解できます。臓器移植でしか助からない小さな命が日本中にたくさんあって、移植するのに必要な設備も技術も国内に整っているのに、多額の寄付金を集めて海外へ行き、白い目で見られながら、いつかドナーが現れることを祈りながら、いつ終わるとも知れない苦しみに耐え続けなければならない現実…。

       小児の臓器移植のチャンスが増えることは、移植以外に治療の手段がない子供とその家族にとっては福音です。だから全面的に反対はできません。

       


       以上ぐだぐだとご託を並べてまいりましたが、今一番に思うこと。

       クソみたいな世界だけど、生きてさえいれば数え切れないほどの喜びを全身で浴びることができたはずの命が、思いがけないところで消えていこうとしています。その小さな命が、最後に感じることができたものが、温もりでありますように。

      slimboy-fat * 日記 * 23:48 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

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